その後数日、治療の日程まで決まってしまって、
当然学校には行かず、
一日中、とにかくYoutubeを見てました。
小学生の頃見ていた10年前のゲーム実況動画を、
全編ひたすら朝から晩まで見ていました。
自分が見慣れているものを見て少しでも安心したかったんだと思います。
病気のことも、なんで病院に行ったのかも、今なんで一日中Youtubeを見ているのかも、
考えないように、現実逃避してました。
そうでもして頭を空っぽにしていないと怖くて、
そもそも病気なんて信じてない、そんな事実そもそも無いって思ってました。
父は、あいつは凄い、俺ならどこか遠い所へあてもなく彷徨う、
と感心したらしいですが、それは見当違いです。
外に行ったりして刺激を受けたくない、
少しでも動いたらその弾みに病気のことを思い出してしまいそうでした。
初めて泣けた、つまり現実を見たのが、親友への電話でした。
高校で、私がなぜ休んでいるのか誰も知らなくて、
友達がとても心配してくれていて、
誰か1人には伝えなきゃいけないことになりました。
同じクラスで一緒にいた子に、
病名から治療予定まで電話で全部話しました。
その時、あの主治医の先生のように、
口に出して一から説明していたら、
自分が「がん」なんだという現実を、その時初めて知った感覚になりました。
そしたらもう、なんで自分が選ばれたのか、何か悪いことをしたのか、
ネガティブな考えが止まらなくなりました。
悔しくて悲しくて、入院とか治療とか採血とか、
全部が不合理に感じて、怒る気力もなくただ怖かったです。
その後治療が始まるまで10日ほど、結局泣けなくて、
現実逃避を続けながら、無心になろうと頑張ってました。
12月中旬から、手術で取り除き切れなかった腫瘍のがん細胞の活性化を抑えるため、
ブレオマイシン・エトポシド・シスプラチンの3種類を使用する、
4クールを想定したBEP療法を開始しました。
次から、私が身体的に一番辛かった、化学療法第1クール目を振り返ります。